背景

生物の一生は,成長や老化に伴う様々なステージにより構成されます。生物は各ステージにおいて様々な量的な特徴(形質)を示します。幼い個体が成体まで成長するのに要する日数や健康な成体に達する割合,子孫を残す生殖能力,加齢に伴う特定の病気の発症率,そして寿命などが量的形質としてあげられます。そのいずれもが、栄養環境と個体の遺伝子プログラムとの相互作用の産物であり、私達はこの実体解明を目指しています。この問題を解明するにあたって、重要な組織の発生に関する研究が遅れていることにも気づきました。それは脂肪組織 (adipose tissue) です。脂肪組織は餌から得たエネルギーの余剰分を貯蔵する一方で、一生に渡って多様な全身性シグナル分子を分泌する代謝制御の要でもあります。

現在の研究課題

1) 成長期の栄養環境(栄養履歴)が後期ライフステージに与える機能低下のメカニズムの理解

動物は食餌から栄養を摂取して劇的に成長し、成熟後は成長期よりもはるかに長い時間を生き続けます。成長期の栄養環境(栄養履歴)は成長そのものを左右するだけでなく、寿命など、加齢に伴う様々な個体機能の低下にまで長期的な影響を及ぼします。しかしそのメカニズムには不明な点が多く残されています。私達は、寿命が3ヶ月と短いショウジョウバエと、その幼虫の餌として出芽酵母に着目しました。そして、餌として幼虫に与えた場合、成虫の寿命を短縮あるいは延長させる出芽酵母株を見出しており、その鍵となる栄養成分と摂食個体の寿命をつなぐ分子機構を明らかにしようとしています。

2) 成体型脂肪組織の発生:前駆細胞制御プログラムの解明と組織形成の個体差を生む基盤への展開

ショウジョウバエからヒトまで、脂肪組織の働きを抜きにして生活環は回っていきません。しかし、個体発生の時空間軸に沿って、脂肪組織が形作られる工程そのものを研究の出発点とするアプローチは、ほとんど採用されてきませんでした。私たちは、ショウジョウバエの成虫型脂肪組織の前駆細胞を選択的に標識し、その組織形成をライブイメージングにより捉えること成功しました。さらに前駆細胞の挙動を制御する遺伝子群を分離しつつあります (Tsuyama et al., Development, 2023)。私たちは解明しようとしているクエスチョンは以下の通りです:前駆細胞がどのように増殖、移動、接着、分化などを繰り返して成虫型脂肪組織が形成されるのか?そしてどの遺伝子がどの挙動を調節しているか?さらには、異なる遺伝学的背景を背負い、様々な環境要因(特に栄養環境)の下で成熟した個体の間で、形成された脂肪組織にどのような形態的あるいは機能的な差が生じるのか?

これまでに明らかにしたこと

  1. 成長期における栄養環境への適応機構(服部助教のページ参照)
  2. 上皮平面内細胞極性に代表される細胞集団の制御:カドヘリンスーパーファミリーなどによる分子機構(Arata et al., Developmental Cell, 2017; Mouri et al., Developmental Dynamics, 2014; Shi et al., Development, 2014; Harumoto et al., Developmental Cell, 2010; Shimada et al., Developmental Cell, 2006; Niwa et al., Cell, 2001; Usui et al., Cell 1999)
  3. 神経細胞樹状突起のパターン形成メカニズム(Tsuyama et al., Journal of Cell Biology, 2017; Shimono et al., Scientific Reports, 2014; Hattori et al., Developmental Cell, 2013; Matsubara et al., Genes & Development, 2011; Tsubouchi et al., Development, 2009; Satoh et al. Nature Cell Biology,2008; Shima et al., Nature Neuroscience, 2007; Yamamoto et al., Current Biology, 2006; Sugimura et al., Neuron, 2004; Iwai et al. Neuron, 1997)