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研究成果 (short version)

研究の基本構想

発生において個々の細胞は外界からのシグナルなどを解読し、細胞骨格を何度も再編成させて様々なベクトルの極性を発達させる。この単一細胞レベルのパター ン (single-cell patterning) が正しく形成されてはじめて、誕生した器官に個体の行動や生存のために必要な巧妙な機能、例えば神経活動などが賦与される。しかしながら、多細胞系に属す る細胞が、自分が置かれたフィールド内の位置情報をどのようにして読み取るのか、そしてどのような分子装置を駆動させて細胞骨格をある方向に偏らせるの か、多くの点がブラックボックスになっている。近年、先天性聴覚障害や、ニューロンの移動に障害を示す遺伝病の原因遺伝子の産物が、アクチン線維や微小管 の動態を制御することが相次いで報告されている。細胞極性化の際に、細胞骨格の再編成を指令し実行する分子機構の全貌を明らかにできれば、まだ研究が進ん でいない病気の原因あるいは遺伝病の原因遺伝子の解明への道が開けると期待できる。

神経突起の伸長と分岐のパターン形成

ニューロン は高度に極性化された細胞であり、2種類の神経突起(樹状突起と軸索)を伸展させる。 軸索は信号の出力を担う突起であり、一般的に長く伸長して標的細胞とシナプス結合を形成する。一方樹状突起はシナプス入力または感覚入力を受容するアンテ ナとして働き、軸索よりも短く、複雑に枝分かれする。

我々は以前に、 ショウジョウバエをモデル生物とした研究から7回膜貫通型カドヘリン Flamingo (Fmi) を発見していた。我々や他のグループは、Fmi が神経回路形成に重要な役割を果たすことを示していたが、その分子レベルでの作用機序は明らかではなかった。本研究において、まずほ乳類ホモログの機能 アッセイ系を樹立し、ほ乳類においても7回膜貫通型カドヘリンが神経突起の伸長を制御することを示した(文献1)。さらに、 少なくとも二つのほ乳類ホモログは Gタンパク質と共役する受容体であり、分子間のホモフィリックな結合により活性化されること、そしてそれぞれ 異なる様式で 突起伸長を調節することを支持するデータを得た。これらの結果を総合して、 生体内において神経突起が成長しつつ互いにコンタクトする際に、 Fmi ファミリーメンバーの分子間結合を介するシグナル伝達経路が、突起伸長を調節するモデルを提案した(投稿中)。また、 Fmi は分子間で互いにホモフィリックに結合するだけではなく、未同定のリガンドとヘテロフィリックに結合して機能する局面があることが強く示唆され(文献 2)、そのリガンドの候補分子を分離した。

ニューロン はクラス毎に特徴的な樹状突起パターンを形作り、このパターンの多様性は、神経系が様々な情報を受容し処理するために不可欠であると考えられている。しか しクラス毎に特徴のあるパターンを規定する分子基盤はほとんど明らかになっていなかった。本研究では、ショウジョウバエの dendritic arborization (da) neuron をモデル系として、まず生体内において単一細胞の解像度で樹状突起を可視化できる系を樹立した。そして、転写調節因子群によるクラス選択的な突起パターン の調節機構が存在することや (文献3) 、da neuron とその周囲の非神経細胞との間で、接着分子を介する相互作用が特定のクラスの突起形成に重要であることを明らかにした(投稿準備中)。それらの転写調節因 子の標的遺伝子を探索する一方で、 突起パターン形成に異常を示す突然変異体を分離し、責任遺伝子の同定を進めている 。本研究を進めれば、特徴的な突起パターンを発達させるニューロンを、神経回路の中で適材適所に配置させる遺伝子プログラムの全体像に迫ることが期待でき る。

上皮細胞の形態形成:平面内極性の獲得、アクチン細胞骨格系の再編成を調節する新規フォスファターゼファミリー

上皮細胞は頂部側に微絨毛や接着結合を発達させ、また基側部側には接着斑を形成するなど、構造上または機能上顕著 な極性化を示す。 多くの上皮細胞は、頂端部から基底部軸に沿った極性の他に、平面内の軸に従った極性(平面内細胞極性 : planar cell polarity, PCP) を発達させる。我々はショウジョウバエの翅を用いた研究から、 7回膜貫通型カドヘリン Flamingo (Fmi) が、Frizzled (Fz) シグナル伝達経路の一つである non-canonical pathway の一員として働くことを、本研究の開始時点で明らかにしていた。さらに Fmi や Fz などの極性制御分子群の時空間的な局在様式が、PCP の獲得に重要であることを以前から提唱した。しかしながら、どのような仕組みで Fmi などの局在が調節されているのかは不明だった。生体内経時観察や電子顕微鏡などを用いた我々の解析は、Fmi や Fz を含む小胞が極性輸送される仮説を支持した。さらに Fz とは別の分子機構が、微小管の配向や極性を調節してその極性輸送を支えていることが強く示唆された(文献4)。PCPは様々な生物で見られる一般的な現象 であり、 脊椎動物内耳の有毛細胞や呼吸器系および輸卵管の上皮もPCPを獲得する。従ってPCPの形成不全は様々な障害をもたらすことが予想される。本研究をさら に推進すれば、極性制御の中核的な分子作動機構を明らかにできることが期待される。

上皮細胞はアクチン線維を基本骨格とする微絨毛を頂端面に発達させる。 ショウジョウバエの表皮細胞も類似の突起を形成する。我々はこの突起構造が異常になる突然変異体を分離し、原因遺伝子のクローニングを出発点として、 アクチン細胞骨格系の再編成を調節する新規 フォスファターゼ Slingshot (SSH) ファミリーを発見した。そして 生体内から 試験管内反応系までの全てのレベルにおいて、SSHはActin depolymerizing factor (ADF)/コフィリン を基質とすることを明らかにした(文献5)。アクチンリモデリング研究の重要性は、細胞生物学から神経科学までの分野に益々広がりを見せており、SSH の発見とその活性調節機構の研究はその発展に貢献すると期待できる。

主な発表論文

  1. Yasuyuki Shima, Mineko Kengaku, Tomoo Hirano, Masatoshi Takeichi, and Tadashi Uemura. Control of dendritic maintenance and growth by a mammalian 7-pass transmembrane cadherin, Celsr2. Developmental Cell, 7:205-216 (2004).
  2. Hiroshi Kimura, Tadao Usui, Asako Tsubouchi, and Tadashi Uemura. Potential dual molecular interactions of the Drosophila 7-pass transmembrane cadherin Flamingo in dendritic morphogenesis. Journal of Cell Science, 119;1118-29 (2006).
  3. Kaoru Sugimura, Daisuke Satoh, Patricia Estes, Stephen Crews, and Tadashi Uemura. Development of morphological diversity of dendrites in Drosophila by the BTB-zinc finger protein Abrupt. Neuron, 43: 809-822 (2004).
  4. Yuko Shimada, Shigenobu Yonemura, Hiroyuki Okura, David Strutt, and Tadashi Uemura. Polarized transport of Frizzled along the planar microtubule arrays in Drosophila wing epithelium. Developmental Cell, 10: 209-22 (2006).
  5. Ryusuke Niwa, Kyoko Nagata-Ohashi, Masatoshi Takeichi, Kensaku Mizuno, and Tadashi Uemura. Control of actin reorganization by Slingshot, a novel family of phosphatases that dephosphorylate ADF/cofilin. Cell, 108: 233-246 (2002).