トップ研究内容研究成果(long version)>4. アクチン細胞骨格系の再編成を調節する新規フォスファターゼファミリーの解析

4. アクチン細胞骨格系の再編成を調節する新規フォスファターゼファミリーの解析

研究の背景と成果

発生のコンテクストや、成体が誕生した後の様々な刺激に応答して、細胞骨格は速やかに再編成され、細胞極性の形成や神経突起の伸長などの細胞ダイナミクス が支えられている。 actin depolymerizing factor (ADF)/コフィリン(以下コフィリンと総称する)は、アクチン線維の脱重合および切断反応を促進して、このような柔軟で速やかな細胞形態の変換におい て重要な役割を果たす。コフィリンの時間的・空間的な活性調節については、LIM キナーゼ (LIMK) などによるリン酸化/不活性化と、LIMK自身の活性化の仕組みが明らかにされていた。一方、コフィリン脱リン酸化/再活性化によるアクチン系の再編成も 重要であると考えられたが、細胞内で働くそのフォスファターゼの実体と機能は不明であった。以下に述べるように、我々は新しい フォスファターゼファミリーを発見し 、生体内から 試験管内反応系までの全てのレベルにおいて、 コフィリンを基質とすることを明らかにした。

主要な論文

我々は、ショウジョウバエ表皮の細胞突起の構造に異常を示す突然変異として、 slingshot ( ssh ) を分離し、その産物が新規のフォスファターゼであることを見出した。突起形成前の表皮細胞を観察したところ、 ssh 機能欠損細胞ではアクチン線維の過剰な形成が見られた。さらに、 ssh 機能欠損細胞においてはコフィリンのリン酸化レベルが顕著に昂進していた。また、 ssh 変異株の表現型をレスキューするには、SSH の酵素活性が必要であった。以上の結果から、生体内において SSH がコフィリンの脱リン酸化を促し、その結果アクチンの過重合が抑制される可能性が示唆された。細胞レベルの解析においては、ヒト相同分子 (hSSH)が、LIMK1によって誘導されるアクチン細胞骨格系の異常を抑制することが示された。またSSH および hSSH の強制発現は、培養細胞内のコフィリン分子の脱リン酸化レベルを上昇させた。さらに、試験管内反応系においても、SSH および hSSH はコフィリンの脱リン酸化を引き起こした。以上の結果から、SSH ファミリーがコフィリンを基質とするフォスファターゼであると結論した (Niwa et al., 2002)。

hSSH1Lの生化学的な解析から、アクチン線維との相互作用により フォスファターゼ 活性が約10倍上昇することが示された。また、14-3-3タンパク質が、SSH1Lの特定のセリン残基のリン酸化依存的にSSH1Lの活性を抑制するこ とが示され、14-3-3がSSH1Lを細胞質中に隔離しておくことでSSH1Lの活性を負に調節する可能性が示唆された (Nagata-Ohashi et al., 2004)。

ヒトとマウスのゲノムには3つの ssh 遺伝子が存在し、 組織別発現を RNA in situ および内在タンパク質のレベルで解析した結果、神経系や上皮ではそれぞれ SSH2L と SSH3L が強く発現していることを明らかにした( Ohta et al. 2003;未発表データ )。SSH2L については遺伝子発現をノックダウンできるプラスミドを作製し、海馬初代培養系に導入してニューロンの極性化のプロセスに異常がないか調べている。 一方、SSH-3L については上皮細胞での役割を検討する目的で、ノックアウトマウスを作製し解析している。なお下記の参考文献は、水野健作教授(東北大学)のグループとの 共同研究の成果である 。

関連論文

今後の展開

コフィリンを介するアクチンリモデリングの調節異常は、ウィリアムス症候群に特有の 視空間構成認知障害と連鎖することが示唆されており、マウスにおいては少なくとも角膜形成異常を起こす。 アクチンリモデリング研究の重要性は、細胞生物学、発生生物学、そして神経科学の分野にわたり益々広がりを見せており、 本研究を発展させれば、 コフィリン‐ SSH‐LIMKシステムが正常に働かないために生じる、先天的あるいは後天的な障害の発見に役立つことが予想される。